広島カープの話

【広島カープの話】(約2500字)

公開 2021年10月1日





 私の広島カープファン歴は2021年で14年目に突入した。今では私の大部分を占めるようになり、人生の縦糸ともいえる存在となったが、実は広島を応援し始めた理由はよく分からない。「気が付いたらそうなっていた」というのが最も妥当な表現だと思う。順を追って説明していく。



 我が家は父親も母親も野球好きで、特に父親には小さい頃から球場に連れていかれた。「連れていかれた」という言い方をしたのは、昔の私は野球を面白く感じていなかったからである。そもそも、野球は他のスポーツに比べてややルールが複雑である。多くの球技は「ボールをゴールに入れる」か「ボールをコートに打ち込む」で成り立っているが、野球は少し違う。基本はバットでボールを打つことだが、それだけではなく、打ったら一周するしフライを捕れば戻るし定期的に攻守交代するしでやることが多い。黄色と緑と赤のランプが点いたり消えたりすることに関しては何が何だか分からなかった。幼かった私が野球をつまらないと感じるのも無理はないだろう。それがだんだんと変わっていくのが2006年ごろ。当時6歳である。私の知能が野球の基本的なルールに追い付いてきたため、今何をやっているのか、何をすればいいのかがだいたい分かってきた。



 野球を面白く感じ始めたのはその辺りからである。父親が阪神ファンだったため、当時はよく甲子園球場に行き阪神を応援していた覚えがある。とりあえず応援はしていたが、「阪神ファン」だったかと言われるとそこまでではなかった。



 時は流れ、2010年。当時10歳の私はあるゲームソフトと出会う。「プロ野球ファミスタDS2010」である。そこで自分のオリジナルチームを作って試合をこなしていくモードがあり、そのベースとなるチームを12球団のうちから選ぶのだが、そこで私は広島を選んでいた。このときには私が広島ファンであることが確定しているのである。そのモードで広島を選んだ場合の初期メンバーは小松剛・青木勇人松本高明末永真史とかだったので、好きな選手がいるから、とか、この選手を使いたいから、というわけで選んだわけではないと思う(失礼)。



 このように、私は2006年は(一応)阪神を応援しており、2010年は広島を応援しているため、その間を取って広島ファン歴を2008年ぐらいからということにしている。もちろんただ間を取っただけではなく、広島市民球場をテレビでギリギリ見た記憶があること、アレックス・オチョア、シーボル、ルイスなどの名前が微かに頭に残っていること、広島時代の新井を全く覚えていないことなどから総合的に判断した。



 結局のところ、なぜ私が広島ファンになったかは本当に分からない。広島に住んだこともないし行ったことも数回しかない。父は阪神ファンだし、母は巨人ファンなので親の影響などでもない。知り合いに広島ファンがいるわけでもなく、赤色が好きとかでもない。気が付いたらそうなっていた。



 これが私が広島ファンとなるまでの経緯である。



 私がファンになって以降も相変わらず広島は低空飛行を続けた。序盤一瞬だけ首位になることはあったものの、結局は定位置の5位に沈んでいた。そんな中、2012年にアメトーークで「広島カープ芸人」が放送された。私を含め、ある意味隠れキリシタン的な存在だった広島ファンにスポットが当たった瞬間だった。その影響があったかどうかは定かではないが、翌2013年には16年ぶりにAクラスに入る。それ以降ファンも増えていき、2016年に25年ぶりの優勝を果たす。私はこの年に初めてマツダスタジアムに行くことができた。結果はとんでもないものになったのだが、それは観戦記を別でまとめた記事で話すことにする。すぐに知りたい場合は2016年7月29日の試合を調べてほしい。



 実は私が試合を観るようになったのは2016年の後半からで、それまでは新聞やスポーツニュースで結果を見るぐらいだった。この年もまさか優勝するとは思わず、序盤は今年はなんか強いな~ぐらいの感覚で、交流戦途中からの11連勝でいけるんじゃないかと思い始め、8月7日の巨人戦で確信した。その後はだんだんと試合を観る回数が増えていき、連覇を果たした翌年は地上波やBSでの試合はだいたい観るようになった。三連覇を達成した2018年にはオープン戦をちらほら観るように。さらに、Jスポーツが見れることが発覚したため、Jスポでの試合も観るようになる。2019年はそれらに加えてキャンプもたまに観るようになり、ほとんど今と同じような視聴状況が完成する。しかし2020年、放送を追い出されるという事態が発生してしまう。



 というのも、この年の初めにケーブルテレビの機械を新しくしたのだが、そのときにビデオ1ではなくHDMIに繋ぐ仕様に変わってしまった。その結果、録画とケーブルテレビがHDMIで被るようになり、番組を録画中だとJスポに切り替えられなくなった。それまでは観ることができても、録画が始まった瞬間にJスポなどのケーブルテレビは強制的に切られるのである。大変不便、非常に迷惑。こうして、Jスポーツ自体は契約しているのに観ることができないという奇妙な現象が起こった。



 最後にグッズについて話す。これは広島に限ったことではないのだが、私はあまりグッズは欲しくならない。物欲が無いとはちょっと違う気がするのだが、自分が好きなものでも、欲しいと思う段階までいかないことが多い(食欲は除く)。私が持っているグッズは、10年以上前に買った細いメガホン(カンフーバット?)のみで、帽子やユニフォームといったものは一切持っていない。そのため、遠目で見ると私が何ファンなのかは全く分からないだろう。それはそれで少し問題なので、カバンに付ける何らかのストラップぐらいはあってもいいかなと思う。



 以上、私の人生の縦糸の話でした。これで私と広島カープとの関わりについてはだいたい話せたかと思います。次回は横糸となったものについて話します。